トゥール・トゥール・トゥというチームがある。エア・トレックを履いて活動するチームではなく(中にはエア・トレックで走っているメンバーもいるかもしれないが)メンテナンスを行うチームらしい。道具屋や、トゥール・トゥなどとも呼ばれるそのチームは、その性質故にか絶対的に中立の立場を貫く。そしてここが重要なところで、チームの活動として無償でメンテナンスをしてくれるらしい。
これはいつだったかアヤコちゃんが聞かせてくれた話である。勿論私はこれでもかという程の食いつきの良さを見せた。特に、メンテナンス云々のところで。
いや、うん、恥ずかしい話なのだが、私はエア・トレックの整備だとかメンテだとかの知識がまるっきりないのである。定期的にメンテしたり、壊れたら直したり、自分に合ったカスタマイズをしたり、そういった機械いじりが重要なのは良く分かっているつもりだ。なんたって、放っておきすぎたおかげで怪我しかけたことがあるくらいだし。その時カケルくんに小一時間説教されたのは忘れられない思い出だが、あれこれ努力していても一向にそういった機械いじりが覚えられないのだ。
エア・トレックで走るのは、体で覚えるものだと思う。体のどの部分をどのタイミングでどういう風に動かせばどのような動きができるか。それを経験の中で体に叩きこめばいい。その時にエア・トレックのどの部品がどのように稼働しているかなんて理解している必要はない。こんな走りをするにはここの部品をこういうものにしていた方がいいとかっていうのはあるだろうが、メカニック部分の知識がなくても十分に走れるし楽しめるのだ。たぶん、私が機械いじりの知識がからっきしなのはこれが原因な気がする。ギア比がどうとか回転率がどうとか、そんな小難しいことなんか放っておいて楽しく走れればそれでいいんだから。
そんな私のエア・トレックは、たぶんそろそろ限界なんだと思う。一応、言われてからはそれなりに油さしたり、イッちゃったパーツを交換したりはしていたのだが、本格的に診てあげたことは一度もない。だって分からないんだもん。と口を尖らせた私に説教をするのは専らカケルくんの役目。「ちゃんならここのビスはコレでホイールはコレで……」とショップに付き合ってくれるのはミユキちゃん。素人知識だと言いながらもパーツ磨きやら交換やらを手伝ってくれるのがアヤコちゃん。つまり、今の今まで私のエア・トレックがちゃんと稼働してくれていたのはチームの皆のおかげなのだ。けれど、たぶんそれももう限界。最近、少し動きがぎこちなくなってきた気がする。私の可愛いコの「いい加減ちゃんと世話しろよこのボケが!」という魂の叫びなのではないかと私は睨んでいる。
これはいかん!と慌ててネットやらで勉強し始めたのだが、やはりというか何というか、未だに私のメカニック知識は拙いままである。だってしょうがないじゃないか。私は根っからの文系なのだ。そんな回転率がどうとか衝撃吸収システムがどうとか言われても分かる訳がない。複雑すぎる。ちゃんと日本語で説明してほしい。そう思うのは私だけではない……と思いたい。
大分前振りが長くなってしまったが、そろそろ本題に入ろうと思う。
そんな私の馬鹿っぷりを見かねたチームの皆が、道具屋のチーム活動に誘ってくれました!
メカニック云々の話は、考えれば考えるほど情けない話なのでこれ以上は考えるのをやめることにする。だってキリがないし。それに今回診てもらった後は、たぶん半年後くらいまでは騙し騙し使っていけるだろうし。ギリギリでも今までもたせてこられたのだから、ちゃんと診てもらえば半年なんて余裕な筈だ。そうに違いない。私は半年以内に自分でメンテできるようになる自信はない。
「アヤコちゃん!」
公園の入り口付近に固まっている集団の中に見知った後姿を見つけて声を掛ける。振りかえった顔はやはりアヤコちゃんのもので、間違っていなかったことに胸をなでおろしつつも目の前に着地して挨拶をする。アヤコちゃんに会うのは三週間ぶりくらいだ。アヤコちゃんは私の中でチームの仲良しさんトップスリーに堂々ランクインしているので、暫く会えないとかなり寂しいのだが、タイミングが悪いらしく顔を合わせる機会が少ない。
どうせカケルくんは毎日のように会ってるんだろうと思うと、会話する二人を恨めしげに見てしまう。最近になって思うようになったのだが、私はどうも外見年齢に中身が伴ってきてしまっているらしい。以前の年齢なら喜ばしい限りだが、中学二年生の外見と相応の中身というのは若干抵抗がある。だって中身二十代なのに!名実共に大人の末席に座していたのに!
そう考えると二人を見ていることが恥ずかしくなってきて、視線を公園の中心部へと向ける。そこにはライダーライダーライダー!何処を向いてもライダーで溢れかえっている。上手い人はどれくらいいるのだろうか、今の私と同じくらいの年の子はどれくらいだろうか、そう考えるともうワクワクが止まらない。ちょっと大分楽しくなってきた。競うように走っている人たちに交じりたくて仕方がないが、きっとここでフラフラと離れていけば怒られるに違いない。
そう思って必死に我慢していたのだが、小さいコースを作ってレースをしているらしい集団を見つけた瞬間、私の理性は早々に白旗を上げた。駄目だ、我慢なんてできる筈がない。あんなに楽しそうなんだから混ぜてもらわないと失礼だ。何に失礼か分からないが、たぶんエア・トレックに失礼だ。
不自然にならないようにカケルくんとアヤコちゃんが会話に夢中になっているのを確認して、そっと距離を取り始める。焦っては駄目だ。急に動けば絶対に気がつく。気配を殺しつつ、さり気なく、気がついたら遠くにいたと思われるように。そーっと、そーっと。
惜しみない努力の結果、私は無事にレースを開催している場所まで行くことができた。エア・トレック装着時に音をたてずに歩くのは割と苦手だが、上手くいってよかった。これも練習の成果だ、きっと。
詰めていた息を一気に吐き出して、気分一新。さて、混ぜてもらおう。
「すいませーん……って、え?」
丁度一レース終えて小休止となっている所に声を掛けたのだが、私の声に振り返った人たちは何故か驚いたように目を見開いた後群がってきた。突然の事で見動きすらできなかったのだが、我に返った瞬間に身を引いた。勿論、エア・トレックを使って速く大きく。だって、なんか身の危険を感じたのだ。いかつい人ばっかで怖かったし。
エア・トレックを履いていない時の私はただの人なので怖い人に対して怯えることしかできないが、エア・トレックを履いている時の私は結構速いただの人なのだ。怯えるより先に逃げられる。まぁ、形容詞が一個ついただけでただの人なのは変わらない辺りが微妙だが。
身構えたまま、こちらを見つめる多数の視線と対峙すること数秒。その中の一人が感極まったように口を開いた。
「やっぱ赤い彗星だぜ、この人!この速さは間違いねぇ」
やばい、すっかり忘れてた。私いま、彗星の衣装着てたんだ。そうやって自覚すると共に、目の前で赤い彗星と呼ばれる恥ずかしさを再確認した。お願いだから呼んでくれるな。せめて赤いという部分を省略してくれないか。
そんな私の懇願は届かず、私を囲んで口々に「俺、赤い彗星のファンなんス!」だとか、「やっべー、赤い彗星生で見ちまったよ」だとか、「そういや、赤い彗星見ると一週間以内に財布落とすって噂あったよな」だとか、「握手して下さい!」だとか……勘弁してほしい。大体財布落とすって何でだ。それは運が悪かっただけじゃないのか。私のせいにしないでほしい。
ていうか、騒ぐな!囲むな!写メるな!目立つじゃないか。目立ったらカケルくんに見つかるじゃないか。見つかったらお説教じゃないか。
焦る私を余所に赤い彗星を囲む会(仮)はヒートアップしていき、興奮する人たちの向こう側に引き攣った笑顔で私を呼ぶカケルくんが見えた。
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